「Wolfram|Alpha」は動的な百科事典
それでは、前回の続き──つまり、「Wolfram|Alpha for eBooks」が電子専門書籍をどう変えるのかについてお話しします。もっとも、「Wolfram|Alpha for eBooks」は「Wolfram|Alpha」のAPIにすぎません。その可能性について語る場合、Wolfram|Alphaとは何か、どんなサービスなのかについて、お話しした方が早いでしょう。
Wolfram|AlphaはWolfram Research社が開発した、次世代の検索エンジンです。「検索エンジン」という表現はIT Mediaのニュースに従ったもので、Wolfram|Alphaは2009年5月に一般公開されました。
ただし、GoogleやYahoo!のような一般的な検索エンジンとは大きく異なった点があります。それは、キーワードを入力した際、それを含むWebページを検索結果として返すのではなく、キーワードに付随する回答を返すということです。そのため、ウィキペディア日本語版では、Wolfram|Alphaのことを「質問応答システム」と表現しています。イメージとしては百科事典──それも、質問するたびに回答がダイナミックに生成される動的な百科事典──と考えていただいた方が近いかもしれません。
「Wolfram|Alpha for eBooks」が促す書籍の「Web化」
試しに、googleとWolfram|Alphaで同じキーワードを入力し、その結果がどう違うのか、比較してみましょう。残念なことに、Wolfram|Alphaはまだ日本語に対応していないので、英語で「glutamic acid」(アミノ酸の一種、グルタミン酸)と入力してみます。
googleの方は、ウィキペディア(英語版)の「Glutamic acid」の解説ページがトップに表示され、ベルリン自由大学、eVitaminsというオンラインショップの「Glutamic acid」の解説ページ、「Glutamic acid」の画像(組成式、構造式等)といった具合に結果が続きます。一方、Wolfram|Alphaの方は、冒頭部分に「化合物のグルタミン酸のことを尋ねられたと仮定しました」(意訳しています)という断り書きがあり、以下、組成式、構造式、3D構造、IUPAC名、分子量、融点、沸点等々グルタミン酸に関連した定性的・定量的な情報が網羅されています。一般の人にとってあまり必要な情報ではありませんが、専門家にとっては重要な情報ばかりであることがおわかりいただけるでしょう。それも、情報が1画面に集約されているのですから、これほど便利なものはないというわけです。
Wolfram|Alphaが有用なのは、理系のみにとどまりません。例えば、「toyota」で検索してみると、トヨタ自動車の財務データや株価の変動グラフなど、投資家にとって有用な情報が一覧されますし、「highest mountaion in Japan」(日本で一番高い山は?)と入力すると、富士山を筆頭に、日本で高い山のベスト5が列挙されます。
そして、Wolfram|AlphaのAPI(「Wolfram|Alpha for eBooks」)が電子書籍ベンダー向けにリリースされるということは、このWolfram|Alphaの機能を、電子書籍から自由に呼び出せることを意味します。先ほどの例で言えば、従来の出版物の場合、グルタミン酸の立体構造式は書籍ごとに図としてトレースしなければなりませんでしたし、グルタミン酸の物性値なども、文字としてその都度入力する必要がありました。しかし、Wolfram|AlphaのAPIを活用すれば、これらの文字を入力したり、図としてトレースしたりする必要がなくなります。単にAPIでWolfram|Alphaの機能を呼び出せば済むことですから──。
Webの世界では、1つの画面が様々なサイトの情報の集約によって構成されていることが珍しくありません。「Wolfram|Alpha for eBooks」は、書籍の「Web化」を促し、書籍の作り方を変える可能性を秘めているのです。
追記:
前述したように、Wolfram|Alphaはまだ日本語に対応していないので、そのAPIが公開されても、日本語の電子専門書籍上での利用は限定的にならざるをえません。Wolfram|Alphaが早く日本語に対応することを切に望みます。